2021年公開、吉田恵輔監督・古田新太主演の映画『空白』。万引きを追いかけた少女が交通事故で亡くなるという出来事を軸に、遺族・店長・運転手それぞれが追い詰められていく様子を描いた社会派ドラマです。「誰が悪いのか」という問いに単純な答えを出さず、事故の後に起きる二次被害・三次被害をリアルに映し出した作品です。本記事では、多くのレビューが注目する「善悪の曖昧さ」とは少し違う角度、マスメディアの報道が果たした役割に焦点を当てて考察します。
※本記事の評価は、こちらの基準に基づいています → 評価基準はこちら
作品紹介
作品情報
| 作品名(原題/邦題) | 空白(英題:Intolerance) |
| 監督名 | 吉田恵輔 |
| 公開年(国または地域) | 2021年(日本) |
| 主要キャスト | 古田新太、松坂桃李、田畑智子 |
| 年齢制限(レーティング) | G(全年齢対象) |
作品評価
| IMDb スコア | 7.0/10 |
| Rotten Tomatoes(批評家 トマトメーター) | 100%(※レビュー母数が少ないため参考値) |
| Rotten Tomatoes(観客 ポップコーンスコア) | 情報源が見つかりませんでした |
| TMDB スコア | 6.8/10 |
| Filmarksスコア | 3.9 |
あらすじ(ネタバレ無し)

スーパーで万引き未遂を起こし、逃走中にトラックに撥ねられ死亡した中学生の少女。激昂する父親は、娘の無実を信じて店主を執拗に追い詰め、加熱するメディア報道や周囲の反応が事態を泥沼化させていきます。一つの事件をきっかけに、正義と罪の境界線で翻弄される人々を描いた衝撃のヒューマンドラマです。
ネタバレ有り感想
古田新太主演の映画『空白』(2021年)を観た。
観終わってから何日か、ずっと胸に重いものが残ってたんだよね。
なんか後味が悪いっていうか、すっきりしないっていうか。
ラストで花音ちゃんの絵が出てくるシーン、あそこだけちょっと息ができた感じがしたけど、それ以外はずっと息が詰まってた。
レビューサイトを見ると「善悪の境界が曖昧」とか「誰もが加害者になりうる」みたいな感想が多くて、まあそれはそうなんだけど。
私が一番引っかかったのはそこじゃない。
マスコミの報道だ。
「一番の悪はそこじゃないのか?」という話をしたくて、この感想を書いている。
映画『空白』の店長は悪人なのか?|報道が作る印象
映画の中の店長って、実は誠実に対応してたんだよね。亡くなった花音ちゃんへの追悼の言葉もちゃんと言ってたし、取材にも向き合ってた。
なのに報道で流れるのは、攻撃的に見える場面だけ。切り取られた映像が、何度も繰り返し放送される。そりゃ見てる人は「あの店長は乱暴な人間だ」ってなるよ。
その報道を見た父親(古田新太)がどうなったかっていうと、怒りがさらに燃え上がってどんどん暴走していく。そして事故に巻き込まれた運転手の女性は、世間の目と罪悪感に追い詰められて自ら命を絶ってしまう。
誰も、根っからの悪人じゃないのに。
報道が作った「物語」が、次々と人の人生を壊していったんだよね。あのマスコミの介入がなくて、警察・検察・弁護士が粛々と手続きを進めていたら、少なくとも運転手の女性はここまで追い詰められなかったんじゃないかって、私は思ってる。

お父さんもモラハラ・パワハラ気質ではあるけど、娘を嫌っていたわけではないんだよ…
奥さんとの離婚をきっかけに、父娘の間に距離とボタンの掛け違いが生まれてしまった😢
西伊豆の電気柵事故と『空白』の共通点
|報道が作った「物語」の怖さ
『空白』を観ながら、頭の中にずっとちらついてた現実の事件があって。
2015年に静岡県西伊豆町で起きた、電気柵の感電事故。川遊びに来ていた家族連れが、近くの畑に設置された電気柵に接触して、助けようとした人が次々と感電した。男性2名が死亡、5名が重軽傷。
設置していたのは近くに住む79歳のおじいさん(元町議)で、被害者とは面識のない他人だった。鹿とかの害獣から花を守るために、良かれと思って立てたものだったらしい。ただ構造が問題で、家庭用100Vを直接使った危険な自作に近い状態で、法的に義務付けられていた漏電遮断機もなかった。
事故の約2週間後、おじいさんは山の中で亡くなっているのが見つかった。「良かれと思ったものがとんでもないことになってしまった」と周囲に漏らしていたという。
私、田舎に住んでるから分かるんだけど、農村で電気柵って本当に日常の道具なんだよね。でも都会の人には存在すら馴染みがないものだと思う。これって「田舎と都会の生活知識の差」が生んだ事故で、おじいさんを一方的に悪者にしていい話じゃなかった。
なのに報道は、その複雑さを全部削って「危険な電気柵を作った老人」っていう分かりやすい構図に落とし込んだ。ネットも炎上した。2015年はまだテレビの情報を信じる人が多かった時代だし、テレビが悪者と言えば、本当に悪い人になってしまう空気があった。
事故の直接原因が報道だけとは言わない。でも報道が「火に油を注いだ」のは確かだと思ってる。
なんで毎回こうなるの?
映画でも現実でも、同じことが繰り返されてるじゃないかって思うんだよね。
視聴率のために「怒り」「悲しみ」「対立」を煽る。分かりやすい悪役を作る。都合の悪い場面はカットする。街頭インタビューのやらせや誘導がXで写真付きで暴かれたり、カンペを読むように言われたけど番組の意図に沿わないことを言ったら使われなかったっていう話も出てきたりしてる。
日本の放送法って「政治的公平性」「事実の正確性」を一応求めてはいるんだけど、違反しても罰則がないという致命的な穴があるんだよね。守っても守らなくても同じなら、そりゃ視聴率優先になるよ。
でネットが「検証の場」になってきたら、今度はネットを規制しようとし始める。自分たちの報道のごまかしがバレるのが困るからじゃないの?って正直思う。
『空白』が問いかけてること
ラストの花音ちゃんの絵のシーン。報道の声も、父親の怒りも、世間の空気も届かない場所に、娘の本当の姿があった。あのシーンだけ、全部のノイズが消えてた気がして、だから少し救われたんだと思う。
でも現実の電気柵のおじいさんには、そういう逃げ場がなかった。映画の運転手の女性にも。
報道が人を殺すことがある。 これ、比喩じゃないと思う。
『空白』はフィクションだけど、描かれてる構造は現実と地続きなんだよね。善悪の話よりも、「誰が追い詰めたのか」という話として観てほしいな。法より先に「世間の裁き」が下って、誰も責任を取らない。このままの報道でいいのか?って、観終わったあともずっと問われてる気がしてる。
補足
寺島しのぶさんが演じているスーパーで働くパートのおばさん。
店長(松坂桃李)に好意があって、よく言えば面倒見がいい人。でも悪く言えば距離感を完全に間違えているタイプで、いわゆる「正義のお節介」に酔っている感じなんだよね。
店長は悪くない、という前提で行動していて、勝手にビラを配ったりするんだけど、それが結果的に被害者の父親の神経をさらに逆なでしてしまう。
善意のつもりで動いているけど、完全に空気を読めていない。
この人もまた、物語をこじらせていく一人だったと思う。
まとめ
観終わったあと、すぐに感想を言葉にできなかった。それだけ、この映画が描いたことは現実と地続きだったんだと思う。あなたはこの映画を観て、誰のことが一番頭に残りましたか?













