映画『キャプテン・フィリップス』が隠した「不都合な真実」。英雄か、それとも無謀な船長か?【考察】

トム・ハンクス主演、ポール・グリーングラス監督による2013年の傑作『キャプテン・フィリップス』 を観た。緊迫感あふれる映像と、命を懸けて乗組員を守る船長の姿に、誰もが「真の英雄」だと思ったはず 。

でも、観終わった後に「実際はどうだったのか?」と調べ始めると、映画が描かなかった「冷たい現実」が次々と出てきました 。実はフィリップス船長は、海事当局からの警告を7回も無視し 、帰国後には「無謀な判断で命を危険に晒した」として乗組員から提訴されていたのです 。

なぜ、これほどの乖離が生まれたのか? この記事では、映画の圧倒的なクオリティを称賛しつつ、史実が暴いた「不都合な真実」と、ソマリア海賊が生まれた構造的な背景について深掘りします。

※本記事の評価は、こちらの基準に基づいています → 評価基準はこちら

目次

作品紹介

作品情報

作品名(原題/邦題)Captain Phillips / キャプテン・フィリップス
上映時間134分(2時間14分)
監督名ポール・グリーングラス
公開年(国または地域)2013年(アメリカ:10月11日 / 日本:11月29日)
主要キャストトム・ハンクス、バーカッド・アブディ、キャサリン・キーナー
年齢制限(レーティング)G(日本・全年齢対象) / PG-13(米国)

作品評価

IMDb スコア7.8
Rotten Tomatoes(批評家 トマトメーター)93%
Rotten Tomatoes(観客 ポップコーンスコア)89%
TMDB スコア7.6
Filmarksスコア3.8/5.0

『キャプテン・フィリップス』ネタバレ無しあらすじ

2009年に実際に起きた海賊船乗っ取り事件を基にした緊迫のサスペンスです。ソマリア沖を航行中の米軍チャーター貨物船が、武装した4人の海賊によって襲撃されます。船長のリチャード・フィリップスは、乗組員の命を守るため自ら身代わりとなり、極限状態のなかで知略を尽くした命がけの心理戦に挑みます。

※注意:ここから先は映画『キャプテン・フィリップス』のネタバレを含みます。未視聴の方はご注意ください。

映画『キャプテン・フィリップス』の魅力|トム・ハンクスの名演と演出

まずここは正直に言いたいんだけど、映画としての完成度は相当高い。猛スピードで迫る海賊船と何とかかわそうとするマースク・アラバマ号の海上での緊迫のシーンや、海賊と船長の心理的やり取りなど、画面から目が離せない緊張が続いて物語に引き込まれる。主演のトム・ハンクスも海賊役のバーカッド・アブディの演技も最高だったよ。

トム・ハンクスが体現した「人間の脆さ」

フィリップ船長で特に印象に残ったのが、人質になった船内で紙に何かを書くシーン。家族への手紙というか、遺書のつもりで書いてるんだよね、あれ。セリフはほとんどないんだけど、手元と表情だけで「もう帰れないかもしれない」という恐怖が伝わってきて、流石トム・ハンクスだなぁと思った。

で、もう一個。救出後に軍の医療スタッフに囲まれるシーン。解放されたはずなのに、手が震えが止まらなくて、声もうまく出なくて。あのシーン、本物の軍事医療関係者が参加して撮影されたリアルな現場らしいんだけど、PTSDになった人物をリアルに演じてたよね。手の震えとか看護師とのやり取りとか。

バーカッド・アブディの圧倒的な存在感

そして海賊のリーダー・ムセを演じたバーカッド・アブディが、本当に演技が上手くてびっくりした。

ガリガリに痩せた体に目だけがギラギラしてて、最初は威勢がいいんだけど、海軍に追い詰められていくにつれて表情がだんだんと壊れていく。その変化の繊細さが、この映画全体の緊張感を支えてるんだよね。彼は実際にソマリア出身で、『キャプテン・フィリップス』が映画デビュー。映画業界に入る前はミネソタでリムジンの運転手やDJとして働いていたんだそうだ。ご本人がソマリア出身だからこそのリアリティーがそこにはあった。

ドキュメンタリー的な臨場感

監督のポール・グリーングラスといえば手持ちカメラのドキュメンタリー的な臨場感が持ち味なんだけど、この映画はそれが特に効いてた。米海軍が出てきてからも全然緊張が緩まないんだよ。「もう助かる」って思わせてくれない演出で、最後まで息が詰まったままドキドキハラハラが続いた。

映画としては、文句なし。なんだけど…

【実話との違い】映画が描かなかった「フィリップス船長」4つの真実

ここからが、本当に書きたかったことです。

調べ始めたら、映画のイメージとは全然違う「現実」が出てきた。

①警告を7回、全部無視していた

事件当時、海事当局やNATO、IMO(国際海事機関)からは「海賊の被害を避けるために沿岸から少なくとも600海里以上離れて航行するよう」計7回以上の警告が出されていたらしい。

それに対してマースク・アラバマ号が実際に航行していた距離は、沿岸から250〜380海里。つまり警告の半分以下の距離を航行してたってこと。

理由は「航路の短縮=燃料代と時間の節約」だったとされてる。乗組員たちは反対したけど、船長が押し切ったという証言がある。

これ映画に一切出てこないんだよ。「不可避の事態として海賊に遭遇した」みたいな描かれ方してる。

②「志願して人質に」は映画の演出

映画の中でフィリップス船長が自ら「俺を人質に連れていけ、乗組員は解放しろ」と申し出る場面があって、あそこが一番英雄的なシーンとして機能してるんだよね。

でも実際は、海賊との交換条件の交渉が失敗して、結果的に拉致された、というのが実態らしい。

自ら申し出たのか、拉致されたのか。全然違う話だよね。

③ブリッジが施錠されていなかった

映画ではブリッジ(船橋)の施錠が徹底されていたように描かれてるんだけど、機関長のマイク・ペリーら乗組員の証言では、海賊が乗船する直前までブリッジは施錠されていなかったそう。

しかも海賊が接近中、船長が命じたのはセキュリティ訓練ではなく、定例の「火災訓練」だったと批判されている。乗組員は「海賊ステーションへ移動すべきだ」と進言したのに、船長はそれを退けたという。

④帰国後、乗組員に訴えられていた

一番知らなかったのがこれ。

帰国後に「英雄」として称えられた映画と現実の間に、乗組員9名による提訴があった。「船長の無謀な判断で危険に晒された」として船会社とともに提訴、2014年に非公開の和解金で決着している。

しかも訴訟は映画公開後じゃなくて、事件直後の2009年から始まっていた。乗組員の不満がいかに根深いものかを物語ってると思う。

なぜ「英雄物語」になったのか? 構造的な背景

当然の疑問として「なんでこんな英雄映画になったの?」ってなるけど、構造的に考えると理由はわかりやすい。

原作がリチャード・フィリップス本人の手記なので、必然的に「彼の視点」で描かれる。ポール・グリーングラスもトム・ハンクスも、「人間としての脆さと強さ」を描くことに誠実だったと思う。でもその結果として、業務上のミスを覆い隠す英雄像を補強してしまった側面は否定しきれないと思う。

「プロパガンダ」とまでは言いたくないけど、映画というメディアが原作者の視点に乗っかる構造的な問題として捉えるべきかなと。

要するに、船長本人の都合の良い部分(原作)だけ切り取りして、トム・ハンクスという、「善人を演じさせたらピカイチ」の名優が演じた事で、訴訟問題や警告無視などの真実がボヤかされ、船長=英雄の構図を映画が作ってしまったんじゃないかなと思う。

ソマリア海賊が生まれた「もう一つの現実」

映画の中でも海賊のリーダーが「俺たちは沿岸警備隊だ」と言うシーンがある。最初は言い訳にしか聞こえなかったけど、背景を知るとちょっと見え方が変わった。

国家崩壊と違法漁業

1991年、ソマリアのバレ政権が崩壊してから、ソマリアには中央政府が事実上存在しない時期が続いた。当然、沿岸から200海里のEEZ(排他的経済水域)を守る海軍も行政も消えてしまう。

この「誰もいなくなった海」に、外国の大型トロール船が入り込んでくる。イラン、インド、パキスタンなどの船による違法漁業で、年間約3億ドル相当の水産資源が奪われていたとされている。地元の小規模漁師は、網を破壊されたり魚を根こそぎ持っていかれたりして、生計を失っていった。

「俺たちは沿岸警備隊だ」というセリフは、言い訳ではなく、EEZを守られるべき権利として主張していた側面があったのかもしれない。

犯罪ビジネスへの変貌

ただし当然だけど、無関係な商船を襲い、罪のない船員を人質に取ることは正当化されない。

しかもその構造が変わっていく。「生存のための海賊」が、次第に高度に組織化された犯罪ビジネスへと変貌していく。「投資家」と呼ばれる有力者が資金・武器・高速艇・麻薬(カート)を供給するネットワークができあがって、身代金交渉は平均178日、平均金額は約497万ドル(2011年当時)という規模になっていた。

「Look at me, I’m the captain now」というセリフがミームになったのは有名だけど、その裏にあるのは「AK-47一丁で巨大な商船を支配できてしまう」現代のグローバル経済の脆弱性なんだよね。

まとめ|視点を変えれば、不条理な社会構造が見えてくる

評点を7.2にしたのは、映画の完成度はとっくに8〜9点だけど、史実との乖離と英雄プロパガンダ的な構造が引っかかったから。

「映画として観るなら傑作。ドキュメンタリーとして観てはいけない」これに尽きる。

観終わったあとに思ったのは、この映画って船長でも海賊でもなく、機関室に12時間閉じ込められた乗組員たちの視点や、飢えて追い詰められてAK-47を手に海に出たソマリアの10代〜20代の若者たちの話として観ると、全然違う社会問題提起の映画に見えてくるんじゃないかな。

映画が作り上げた英雄を疑ってみることで、かえって人間の弱さとか、構造的な不条理とか、そういうものが見えてくる気がしてる。

「実話を元にした」と「実話」は全然違うんだよね。こういうの気を付けないと、映画の内容=真実って思っちゃいがちだよね。

評価の基準はこちらの記事をご覧ください👇

キャプテン・フィリップス
ストーリー
5.5
テーマ性
7
演技
9
私の好み
7.1
良かった所
俳優陣の演技が素晴らしい!
緊迫シーンの連続で飽きさせない
英雄としての映画と見たら綺麗にまとまっている
イマイチな所
実際には船長アカン人だった…
都合の良い切り取り印象操作ぽく感じる
7.2
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